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ippuku

ものづくりが好きな塾講師のブログ

20日

空港まで両親と犬が迎えに来てくれた。

https://www.instagram.com/p/BJVP-XqhTFe/

仕事を辞めて長崎の実家に帰ってきました。(って書くとなんか怪しい感じになる)

スーパーに寄って帰り、3人で飯をとる。あんまりお腹は空いていなかった。(飛行機に乗る前に親子丼を食べたから。)

 

21日

起きて9時頃に親父と犬の散歩に出かける。近所の人に挨拶をする。すでに外は暑くて、犬はトイレを済ますと日陰に隠れて動かなくなってしまったので親父が抱えて帰った。そのあと、家の前に鳥が集まってきたのでパンを撒きに行った。最初1羽しかいなかったのに子どもが2羽現れたのでそいつらにも餌をあげた。おかんが習い事があるというので3人で車に乗り込んだ。習い事の先の家の犬と対面した。めちゃくちゃまつ毛が長くてびっくりした。親父と服を買いにしまむらみたいなところに行ったけれど下着だけ買って帰った。なんだか体調があんまり良くなくて帰りたかった。お腹がゆるめだった。おかんを迎えに行ってそのまま一緒にユニクロに行ってたくさん服を買ってもらった。夕食はしゃぶしゃぶだった。

 

22日

あんまり長く眠れない。散歩に行かないか誘われたけど行かなかった。下痢が酷くなっていた。昼前に市街地まで車で連れて行ってもらって内科にかかった。整腸剤をもらった。なんとか帰って家でだらだらする。頭がぼうっとしてきて熱を計ると37.5度まで上がっていた。夕食は母ちゃんの唐揚げとちらし寿司をリクエストしてたんだけど唐揚げは食べられなかった。ちょっと寂しかった。マツコのでてる録画した番組を母ちゃんとだらだら見てたんだけど20-30分おきにトイレに駆け込むもんだから、正露丸を飲んだ。これがいけなかった。感染性腸炎か知らんけど、そうゆうときは下痢で菌を出さなあかんのに、正露丸はNGだったみたいで夜中3時ごろ腹が痛くて痛くてたまらなくて下痢も治らないし、親父が夜間救急に連絡してくれたけど下痢は出すしかないと言われて泣いて取り乱して酷い状態になった。おかんが背中をさすってくれて、しばらくして寝付いた。感染性の腸炎が疑われるときはもうぜってー正露丸飲まねえ。

 

23日

四時間くらい寝て、目が覚めて、トイレにいってゴロゴロしてトイレにいって…を繰り返した。絶食した方が良さそうと親父に言われてポカリだけ飲んで過ごした。2時過ぎまでベッドの上で過ごした後、起き上がって着替えて荷造りをした。車に乗り込んで空港まで送ってもらった。昨日の台風の影響なのか飛行機は遅延していた。ぎりぎりまで座っておいて移動した。両親に手を振って別れた。飛行機に乗る。ひざ掛けを二枚もらって一枚は肩にかけていた。腹巻きもしていたし、腹巻きの下にはカイロを入れていた。真夏に信じられないかもしれないけれど私はそれくらい参っていた。無事に羽田に着いて、バスに乗り込んだ。タクシーに乗り継いでなんとか家についてトイレに駆け込んだ。夫が帰る頃、駅に迎えに行った。久しぶりに会って安心した。帰ってうどんを用意してもらって、数本食べた。

 

24日

ゴロゴロしていた。夫は市役所に転出届とかの手続きに行ってくれた。昼ご飯にうどんを作ってもらって、数本食べた。胃が痛くなって下痢にも参って、消化器科の病院を調べてもらった。ゆっくり歩いて15分くらいか、辿り着いた病院で、トイレに行ってる間に順番を飛ばされて簡単にブチ切れてしまった。もう凄く参ってた。参っていたせいか栄養剤の点滴を打ってくれた。寝れずにぼうっとしていた。夫は待合室にいたから、横にいてほしかったなあって思った。良いお医者さんで患者さんの入れ替わりの時とかにこっちの様子を何度かうかがってくれた。即帰った。翌日引っ越しだなんて信じられなかった。

 

25日

7時半ごろに起きた。8時半には引っ越し屋さんがきた。梱包してくれるというのでおばちゃん部隊を期待してたら若いお姉ちゃん等とおっさんだった。髪型を気にしてばかりのとろいお姉さんとキビキビ動くケバめのお姉さんはなんだかとても頼りなくて、でも口出しできるほどの体力はなくて和室に三角座りして眺めていた。部屋の中の養生もしてくれなかったし、靴下は新品に履き替えます!って営業の人言ってたけど、おっさんは汚い穴の空いた靴下を履いていた。トイレットペーパー最後に一個残しておいてください!腸炎なんです!って言ったのに全部積み込まれてた。積み込みは昼に終わって、ガス屋さんと大家さんが来て、一時には家を出た。

https://www.instagram.com/p/BJhMQHThHpe/

さよなら国領。三年間ありがとう。

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国領はとても住みやすいところだったねって話をして電車に乗った。品川駅まで行って新幹線に乗った。なんとかトイレは大丈夫だった。ホテルに着いて、コンビニに行って、パン入りのスープを買って、部屋で飲んだ。たっぷり時間をかけて食べた。この日ずっと食べていなかったから嬉しかった。

 

26日

コンロが8時から届くから、と夫に言われて渋々新居に向かった。コンロはちっとも届かなかった。9時になって引っ越し屋さんがきた。関西の担当の人はめちゃくちゃ丁寧に養生してくれて、靴下も綺麗だった。配置も逐一聞いてくれて丁寧だった。次々と部屋は段ボールで埋まっていった。電気切れや、部屋の気になる点は管理会社の人に来てもらって確認してもらった。11:30頃には全部物が新居に収まった。百均とコンビニに行って、昼食にパン入りスープを食べた。荷解きのおばちゃん部隊が2時半に来るというので暇で少し荷解きをしていたら、昨日の若いお姉さんが包丁を仕舞い忘れて最後の箱にぶっ込んでいたのはいいとして、掃除用のモップと包丁を一緒の箱に雑多に入れていてカチンときた。他にも折れているものがあったり、荷解きのことを考えていない仕舞い方をしているものもあった。前の家の設備や火災報知器の説明書とか、調布市のゴミ袋とかまるまる全部出てきた。腹が立ってきた。夫は市役所に転入届もろもろしに行ってくれた。その間に荷解きのおばちゃん部隊3人が来てくれた。少しずつ段ボールが減っていくのを見ていた。夫に3本お茶を買ってきてもらった。おばちゃん達に渡す。最後に掃除機までかけてくれた。コンビニでご飯を買って部屋で素うどんを食べた。全部食べきれて嬉しかった。夜に洗面所を見ると歯ブラシ入れにペンが刺さってて意味がわからなかった。

 

27日

自分の家なのに自分の家じゃないみたいだった。6時半に目が覚めて、テレビつけたまままた寝ていて9時ごろ起きた。スープを食べて、夫が大家さん宛に荷物を梱包して、一緒に家を出た。電気屋さんでライトと冷蔵庫を買った。最近のシーリングライトは蛍光灯でなくて、LEDなのだということを関東の引っ越し屋さんに教わっていたので知ってはいたが、こうゆうのなんやなあって思った。冷蔵庫は夫が静かに買おうとしてるので横でガヤガヤ言って値引いてもらった。帰ってライトをつけて色々と片付けた。スーパーに行って買い物をして帰ってきて夫がご飯をつくってくれた。

https://www.instagram.com/p/BJnHmcjBD2k/

雑炊作ってもらった