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ものづくりが好きな塾講師のブログ

今日、教育実習期間中の担当授業が終わった。

全四回。二つのクラスを二回ずつ持たせてもらった。最初三回の授業はいつもの塾での授業となんら変わらずに過ごしていた。嫌だった。私はなんのために実習に来ているのだろうと思った。高校生達と話していてもただのOGになってしまう。むずむずしていた。実習に来た意味がない。

最後の一回の授業。クラスは騒がしいクラス。どうしても雑談は控え、集中して欲しかった私は担当の先生と相談して、ある授業を行うことになった。それは他の非常勤の先生達もやったことがないと口を揃え、また、私の指導案を見て冷や冷やしていた。好きにしたらいいと言いながらも不安そうにしていた。

何もしなかったら今の状況は変わらない。でもこれが失敗すればもっと悪くなる。何もしないより、何かして実習を終えたほうがいい。幸い、ベテランの先生がいて、その後にいくらでもフォローしてくれるだろうと考えて私は今日の授業へ踏み切った。

 

芸術科目と言うのは、生徒にとっては息抜きの科目だ。なんで芸術科目なんてあるのだろう。私だって謎だし、そんなものなくたっていいんじゃないかって思う。でも免許を取るのであれば私なりに何か答えを出したほうがいいだろうとずっとずっと思っていた。

実習へ来て、生徒達の作品を見ていた。驚いた。思った以上に内面が作品に反映されるのだ。疲れているときは疲れている作品が、迷っているときは迷いが作品に映し出されていた。なるほど、これは面白いと思った。

 

私は今日、相談会を授業で設けた。まず、自分の作品を見ながら悩みをプリントに書いてもらった。なんでもいい。絵について、授業について、雰囲気について、書いているときの感情について、なんでもいい、とりあえず書いてみてほしい、と。素直な生徒達は書き始めた。2分程経過して、発表できる範囲で発表して欲しいといった。ちょっとおちゃらけた男子が適当な感じで悩みを言い始める。いいきっかけができた。最初はささいなものであった。道具の使い方がわからないといったものである。さて、解決策は何かないかと全体に聞く。声はあがらないが、何か言いたげな女子生徒を指名する。説明する。なるほど、皆メモをとる。これをいくらか繰り返していたあと、上手くここを作り出すことが出来ないと言う悩みが出てきた。私は問う。「ここ出来ない人」全員が挙手をした。皆見渡す。全員が手を挙げたことに驚いている様子だ。良い流れになってきた。「じゃあ作品を見回して、上手く出来てそうな人の作品あるかなー…⚫︎⚫︎君の作品、イイ感じだよね、どうしてかな」これを繰り返していると、良い目の付けどころの答えが返ってきた。「メモしてていいよ」とすかさず声をかける。「人が発表してる時はメモはやめてね、でも気になったことがあれば、人が話してない時いつでもメモしていいよ。」次に、集中して取り組めないという声があがった。解決案として皆に聞く。そして、是非話して欲しい内容であった「雑談について」があがった。雑談をしていると飽きずに続けられるから良いという雑談をよくする生徒の意見。雑談はしない生徒でも、雑音として何か音があった方が安心するという意見。面白い展開になってきた。ここで口を開いた。

「さて、少し話は離れるように思えるけど、何故芸術科目はあると思う?」

生徒「単位調整」

生徒「美の本質を学ぶ」

まあ適当な答えが挙がる。これは予想済み。

「私は、芸術科目っていうのは、美術でも工芸でも書道でもなんでもいいと思うのだけれど、自分自身を見つめる時間だと思う。皆も知ってるでしょう、二週間前、実習直後の作品には疲れた様子が出ていたよね、自分の内面が思った以上に出るんだよ。そうして自分と向き合っていくのだと思う。これが必要な時間だから、芸術科目があると思うんだ。話は戻るけど、雑談の話。雑音として安心する意見とかまあそうゆう考えがあるのだとはわかった。でもね、雑談をする前に周りを眺めて欲しい。自分自身を見つめていることに集中している人がいたら、雑音になるのはいいけど、騒音になるのは辞めて欲しい。そう思ってる。」

その後もいくらか悩みと解決案が挙がった。

「相談会の最後に。私は、下手でもいいと思ってる。下手なのはいいことだと思う。たくさん上手になる余地があることだから。これは実は…私は大学に入ってからギターを始めたんだけど、凄い音痴だし、リズム感ないし、しょっちゅう居残り練習させられてたんだけど、面白いんだよ。これが。集中して練習するとそこは必ずできるようになるの。だから、下手でいいんだよ。それにさっきも言ったとおり自分を見つめるための手段だから、それが達成されればいいんだよ。」

生徒達は真面目に話を聞いてくれた。発表を聞いた後のメモをプリントに書かせる。そして作品作りに取り掛からせた。

 

想像を絶する光景だった。関係のない話をする生徒に一言「騒音じゃなく雑音程度でよろしくね」と言った。次に雑談を始めた生徒に他の生徒が「騒音だぞ」と注意する。教室は沈黙に包まれた。皆必死になって手を動かしているのだ。一番話していた女子生徒は黙って手を動かしていた。みるみるうちに出来上がっていった。彼等は皆、集中による出来具合に笑顔になり、片付けの時間になっても作業を続けた。時間を惜しむように作業を進めた。そして、いつも片付けの時間が大幅に延びてしまうにも関わらず、時間内にほとんど終えることができた。

 

私は妙な達成感に包まれた。本当に良かったねと先生が声をかけてくれる。他の実習生が「先生にね、『いい授業を見学できたね』って言われたんです。」と言われた。そして「○○さんが落ち着いて生徒達に考えを話す様子が、包み込むような感じで、本当に感動したんです」と言ってくれた。少し泣きそうになる。

 

今回のことが生徒達にどれほど影響したのかわからない。反省会でも先生方が非常に参考になったと伝えてくれた。一実習生の私ができることの範囲なんて限られている。生徒達はあっという間に私の存在なんて忘れてしまうだろうし、私も生徒の名前は忘れていくだろう。

上手くいったことが怖かった。けれど、これでよかったのだと思う。生徒達の作品を見ればそれはよくわかった。プリントには「全員⚫︎⚫︎に悩んでいて少し安心した」と書かれているものが散見された。

そう、皆悩んでいることは同じなのだ。悩みを共有し、安心感を経て、生まれるものもある。そこも狙いの一つだった。

私の伝えたいことは伝えられたように思う。最悪の状況をずっと想定していた私は腰が抜けるほどの驚きを経て、この相談会を開いてよかったと思う。人数が少なく、このクラス感だからこそ出来たことであると思う。先生方は私だからこそ出来た、クラスをよく観察していた、生徒から話を引き出すのが上手かった等、成功要因を考えてくれた。

私には何ができるのだろうと思う。担当クラスの学級日誌を誰にも負けないくらい埋めて返す。私もここの高校生だったのだ。少し思い出して、帰路についた。