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ippuku

ものづくりが好きな塾講師のブログ

学級日誌は宝だと思った。学校には宝がたくさんある。その時、生きてた証になるものがたくさんある。生徒の作品や文集、アウトプットされた彼らの全てが宝だと思う。

教育実習3日目の今日、私はやっぱりなんとなく停滞していた。心が空っぽのような気がしていた。必死になってるつもりなだけで埋められない何かを感じていた。
身支度をして、学校を出る直前、元担任の元へと行って、私が在学していた当時の学級日誌を見せて欲しいと頼むと、それはすぐに出てきて、あっさりと貸してくれた。高校2,3年生の頃の学級日誌だ。平成16年度、17年度と記載されたそれら。痛みもなくきれいな状態で保管されていた。元担任に日誌の存在はここに来るまで忘れていたと伝えると、いい記事はコピーして渡してたじゃないのと言われる。その場では首を傾げてしまったけれど、傾げてる間に私はしっかりと思い出していた。

帰ることを止めて、日誌を読んだ。週番が日誌を書くので、二年生の時に一週、三年生のときに二週、私が書いたものが残っていた。一週間全て書くわけではなく、ペアの男子と分けて書くので計三週間分あったわけではないのだが、そこにはちゃんと私の書いた文字があった。

教育実習の期間中、担当のクラスの日誌にコメントを書く任務を任され、まだ三日間だけれども私はたくさんのコメントを書いた。何故こんなにも書きたくなるのだろうと思ったけれど、過去の私の日誌も今に負けず劣らずびっしりと汚い文字と落書きで埋められていた。「私は日誌を書くのが好きです」とも書かれていた。

10年前の日誌を読んだ。夢中で読んだ。たくさんの遅刻者。その中に紛れてる私の名前。正月に見つけた成績表を思い出す。どんなに成績が悪くても、遅刻以外とってもいいですよとコメントを添えてくれた先生の字。今日改めて先生の顔を見て、ずっと変わらずに老けないと思っていた先生の顔に増えた皺。なのに私の字はあれから全く変わらない筆跡のままで、残っていた。私は日誌の存在を忘れていたことについての罪悪感に囚われた。

三年生の一月、卒業間近に週番がまわってきた。週の最後の日誌にはやっぱり字がびっしりと埋められていた。不器用な私なりの高校三年間を生きた証と先生への御礼が綴られていた。私はきちんと先生に御礼を伝えられていたのだという驚きと、大切な思い出を忘れてしまっていた罪悪感の中で不意に涙が出てきた。目を大きく見開いて溢れないようにした。日誌を慌ててロッカーへ仕舞い、他の実習生を残して外へ出た。

最寄り駅まで歩いた。30分弱かけて通っていたかつての通学路、今なら20で歩けてしまう。10年経って、急いて歩くようになったのだろうか。歩き方を学んだのだろうか。目を大きく見開いたまま歩く。日誌の文字が頭の中で渦を巻く。私は10年前、確かに高校にいて、生きていたのだ。掛け替えのない高校生活を送っていたのだ。どうして忘れてしまっていたのだろう。どうしてあんなにも大切な日々を頭から消してしまっていたのだろう。時の流れは残酷で、私は大切なことを10年前に置いてきてしまっていたのだ。

私は気付く。どうして実習校に高校を選んだのか。雨の中の高校でどうして悲しくなったのか。その意味を気付いた。現役高校生達の声が、ざわめきが、その中に混じっていない私が今の私と乖離しているようで、私と高校が関係のない場所のように思えて寂しかったのだと。でも、もう大丈夫。私は確かにあの高校で生きていた。私はあの頃も私なりの正直と共に生きていた。涙は嬉しさだったんだと思う。

明日からの実習も有意義を求めて、過ごそうと思う。