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ものづくりが好きな塾講師のブログ

12/14
前の大学の同級生と会った。
三軒茶屋で待ち合わせる。高校の最寄駅だったので、馴染みある場所とはいえ、十年もすれば変わってしまい、また、私もいろいろと忘れていた。
待ち合わせ時間から遅れること20分、友人が来た。自転車で一時間程かけて来たという。びっくりする。

久しぶりに行きたくなったカレー屋さんに連れて行った。喜楽亭と言う三宿にあるカレー屋さん。20分くらいだろうか、待って席についた。いつも混んでいるのでこれくらい待つのはまあわかっていた。この待っている間に近況として、椎間板ヘルニアになった話や、年末年始に両家に挨拶へ行く話など。
ここのカレー屋さんは壺焼きのカレーと黄色いごはんとパリパリにされた玉ねぎとレーズン。私はフルーツカレーを頼んだ。パイナップルとリンゴが入っていて美味しい。

都内で美味しいお店を紹介するってことはあまりしない。ご飯にそんなに興味がないのと、高校生まで過ごした場所だとすると、都内でご飯にお金をかけた経験が少ないから、そもそも知らない。だけど、喜楽亭は美味しいと思うし、ちょくちょく行く。高校生の時に親父に突然誘われて行ったのが初めてだった。何故あの時に親父と二人で行ったのかは思い出せないのだけれど、あの日のカレーが美味しくて今もそれを引きずっている。

カレー屋さんを出て一服した後に、世田谷公園へ行った。知っている世田谷公園はほんの一部だったようでとても広い公園だった。十年ぶりに来た。サッカーの試合をしている横を通る。テニスを年配の方々が楽しんでいる。知っている世田谷公園の姿である噴水広場は工事されていた。小さなSLが走っている。乗っているのはやはり年配の方々が多い。子供達はどこにいるかというと、三輪車のような車に乗ってサーキット場のようなもので走り回っていたり、大人が作ったであろうベニヤや木材で組まれた遊び場にたくさんいた。カメラを持って撮っていたら、そこを管理してるであろうNPO法人の方から控えるようにと叱られた。なんだか寂しい。寒い中、子供達は走り回っている。焚き火をしてる子もいる。マシュマロを焼けるから、あげようかと言われる。やんわりと断り、周辺をぶらつく。確かに子供達は楽しそうに遊んでいるし、楽しそうな場所として作られた場所だったんだけど、私はずっと違和感が抜けない。NPO法人の人がずっと監視をして、小学生の周辺では親御さんらしき人がずっと横についている。「子どもってこうゆう場所好きでしょ!」ってオーラを出す遊具。確かに、そう、楽しんでいるし、子どもたちにとって良いのだろう。でもモヤモヤとしていた。こうゆう場所ってそんなに親がずっと見張ってるものなのかなあ、散歩の途中で休憩しているおじいさんがベンチからなんとなく子どもたちの姿を見ているくらいの目だったんじゃないのかなあ。でも、小さな子どもたちは「おかあさーーーん!見て!見て!」って自分の凄さを主張している。親御さん同士で世間話をしてる横で子どもたちが遊んでいるという感じでもない。と言うか、親御さん同士で話してる姿を見ていない気がする…こうして書き出してみると欠けているものがなんとなく見えてきたように思う。子どもたちはそこで楽しんでいるが、公園としての地域のコミュニティに欠けているのだろうか?隣で友人は楽しそうに見ている。黙ってなんとなく子どもたちを眺めてる振りをして、違和感の意味を探っていた。

将棋をしながらビールを飲むおじいさん達。紙芝居を子供達に見せるおじいさんもいる。効果音が紙芝居の隣に置かれたスピーカーから流れている。効果音の操作は紙芝居の後ろでウォークマンをいじって行っている。カセットじゃないんだなあとか思う。

公園を抜け、野球の試合をしている横を通り過ぎ、三軒茶屋駅付近まで戻ってきた。疲れていたのでコメダコーヒーに入る。友人はコメダコーヒーに行くのが初めてだと言う。私はここの豆があまり好きでないので、豆を友人にあげる。おしぼりやストローを包んでいた紙を適当に丸めて置いておくタイプの私は、目の前の友人の丁寧に折りたたまれたおしぼりやストローの紙に目が留まってしまって何故か動けなかった。性格の差なのかなあとか思って、よくある光景なのに何故かそればかり見ていた。

四時過ぎに帰路につく。自転車を回収されてしまった友人が見送ってくれた。