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ものづくりが好きな塾講師のブログ

後輩がTwitterを辞めた。たかがTwitterだ。でも、どうしてか、私には結構ショッキングな出来事だった。

私にとってTwitterって言うのは、離れていても気軽に相手の近況を知ったり、コミュニケーションをとれるツールだ。始めてから四年半以上経つけれど、やっぱりTwitterって気軽で良いと思う。でも、SNSの流れは急速で、流行り廃れであっという間に流されていく。

Twitterを始めた当初は筑波大の友人達と話す場でしかなく、あとは独り言を呟くだけだったのだけれど、次第にフォローフォロワー関係が増えて行った。部活関係の友人達との繋がりが増えた。五回生になって、同級生達が卒業し、部室に居場所がなくなると途端にさみしくなった頃、情報理工学部の友人とフォロー関係になった。と言ってもそれは散歩と称して研究室に居る合間に一服行こうと言う連絡手段でしかなかったのだけれど、その人を通じて情報理工学部の人たちにTwitter上で知られるようになった。人との距離感を上手く保てない私はTwitter上となると更に距離感の保ち方がわからなかったけれど、適当なキャラクターを演じて、結局は友達が欲しかった。五回生の夏頃だったと思うのだけれど、学部の後輩がフォローしてくれた。適当に絡んでみて、適当にあしらわれて、それでも五回生と言う身からしたら、話してくれる人がいるのはありがたかった。当時の私は部内で軽く揉めて辞めた後で、それまで部内でばかり居たために居場所がなくなった気がしてかなり落ち込んでいた。就活も適当に終え、研究をやること、単位をきちんと稼ぐことしかすべきことがなくなりぼんやりとしていた。好きで仕方のないギターを弾く場所も失って、なんのやる気も失っていた、有りがちな学生だった。そんな私にとって学部内で友人を新たに作れる可能性に気付かせてくれたのはその後輩だったように思う。その後輩とのフォロー関係を皮切りに、一気に学部内の知り合いが増えて行った。

普段から、人にややキツい言葉を投げたり、無駄に絡んだり、適当に突き放してみたりするのは良くないとわかっている。そうしたくてそうしてるわけじゃなく、26歳になった今も人との距離の置き方はよくわからない。(歳食って多少はマシになったと言うか全く知らない他人と関わるのはあんまりしなくなってきたけども。)上手い言い回しや返事が出来る人間になりたいとも思うけれど今更と言う感じもする。人を不快に思わせ、嫌われることも多いけれど、それをわざわざ省みることも面倒で、もうそれが私の印象でいいよ、と言う投げやりな感もある。

そんなんだから、学部の人、誰とでも交流出来たわけではないけれど、でも、その後輩を始め、多くの友人が出来たのは私にとって嬉しいことだった。いや、友人と思っているのは一方的にこちらだけかもしれないのだけれど、関心を持てる人たちがいると言うことが嬉しかった。

そうしてもう四年くらい経っていた。当たり前のように毎日Twitterを開く。なんの疑問も持たない。ぶっちゃけそんなにTLは見てなくて本当に気が向いた時だけ。基本的には自分の呟きたいことを呟いて、リプライが来たら返すその程度のことだった。そりゃ呟くからには面白いことを書き込みたいなあとは思うし、常日頃何かとTwitterへの投稿を気にしてるように思う。こう書くと病気っぽくて嫌だけど、アウトプットが好きな私にとって居心地はすごくいい。何年もフォローしあっている人たちにツイートを見てもらえて、たまにリプライを貰うとなんだか嬉しい。お互いの近況だってなんとなくわかる。ちなみに情報集めの場として思ったことはあんまりないかな。

そんな中、後輩がTwitterを辞めた。多分辞めたんだと思う。いや、わからない。ブロックされてIDを変えられて足がつかなくなっているだけかもしれない。でも辞めたみたいだった。後輩からしてみれば然程重要なことではないかもしれない。ただ辞めただけ、それだけ。SNSを使う理由は人それぞれだ。そうわかっていてもなんだか釈然としない。その後輩は私の友人関係の輪を広げてくれたきっかけの人だ。すごく仲がいいと言うわけではない。しばらく会ってもいない。友人と言うより、後輩にとってはたくさんいる知り合いの一人なんだと思う。それでもなんだか辞められてしまうと寂しい思いがある。あんまり上手く言葉にできないのだけれど、一人の友人をフォローから失ったと言うより、学部の友人関係がいくつか切れたようなそんな気分に近い。別にTwitterだけじゃない。他のSNSでも交流を持とうと思えば持てる。でもやっぱりネット上の繋がりってSNSのアカウントを消してしまうだけで切れてしまいそうな繋がりな気がしてしまう。希薄な関係とかまあ世では言うのだろう。なんだかそんな当たり前のことを突きつけられた日のように思えた。

SNSがあったってなくたって、誰だって、こちらから動かなければ関係なんて簡単に切れてしまう。切られてしまわぬよう、嫌われないよう、でも関係っ言う細い細い見えにくい糸をそっと掴んだまま、時には強く引かなければ、あっと言う間にぷつりと切れてしまう。そんなことを思う。私は本当に大切にしたい人たちを大切にできているだろうか。

皆同じだけ時間が与えられて、同じ速度で歳をとる。考えも変化していく。それによって切れる交友関係はいくらでもあるだろう。それを再び手繰り寄せる手段が溢れている世の中だとしても、一度はこちらから強く引っ張らなければ他人の中に埋れてしまう。何が大切で何が大切じゃないのか、今もわからないけれど、私はもう少し答えを探っていてもいいのかもしれない。