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ippuku

ものづくりが好きな塾講師のブログ

人生のうちで多分三分の一…もしくはそれ以上の期間、日記をつけて生きてきたと思うんだけど、また日記をつけるのが億劫になってきた。ここ数日は書くのをやめている。
何故日記をつけているかと言えば、日々の小さな出来事はすぐに忘れてしまうからだ。記憶は消えてしまう。あっという間に。では、日記をつけるのが億劫になる理由はと言えば、今回の場合、寝る前に時間がとられること。前は、同じことの繰り返しの毎日でコピペを繰り返したような日記、そして生活の監視されている様子にうんざりしていたからだ。日記を一度つけてしまうと義務感が生じる。結局はその義務感が重くなるから辛くなるのはわかっている。結局Twitterやブログみたく思い立った時に好きなだけ書く方がいいのかもしれない。

先週の金曜日、制作の講評が終わった。もう既に作品を捨てたい衝動に駆られている。やっぱりと言った感じでうんざりさせられる講評だった。今日もうんざりさせられることがあった。真剣、真面目、義務感、勝手に自己を追い詰めて勝手に滅してる。詰まるところ、有る程度力を抜いていないとこっちが馬鹿を見る。塾に勤めるようになって、教育と言う観点から物事を見ることが増えた。教育を施すにあたって失敗も反省もたくさんある。今、受けている教育には賛同できないことが多い。どうしてこうゆう観点から学生へアプローチしないのかとか思わされる。大学が教育を受ける場じゃないとしたとしてもだ、それでも、先生と呼ばれ、アーティストの先輩としてのアドバイスの在り方は教育に近いだろうし、言うべきことと言うべきでないこと、そして態度、それらに気遣いが全く見られない。いや、もちろん全ての先生ではない。良いアプローチでアドバイスをくださる先生もいる。ただ、どうしても理解しがたい方に意識は向く。批判する方がきっと楽だからだろう。

昨日は、近所を散歩した。家から二キロくらいの範囲をぐるぐると。昨日はいい感じに心が空っぽだったせいか、生活に混じってしまった少しの変てこなものにいくつも気がつくことが出来て楽しい一日だった。歩く、ご飯を食べる、空を仰いで、色んなものを観察する。日常に転がっている行動だってそれを意識出来たときは幸せを感じる。忙しいとそんなことに意識が向かないからだろう。

あと、この土日にDVDを借りてきて、アラジンを見た。ディズニーのアニメ映画は絵の特に目の描き方が好きじゃないので、あまり進んで見ることはないのだけれど、アラジンは幼い頃から何度も見返して気に入っている。とは言え、10年以上見ていなかったアラジン。久しぶりに見ると、子供の頃とは違う印象がある。どうして彼らはあんなに一瞬で恋に落ちて結婚を決められるのかとか、ランプの魔人がどうしてこんなキャラクターなのかとかなんだかそんなところに目が行ってしまう。でもやっぱり二人が魔法の絨毯に乗って空を巡り、歌うシーンはとてもよかったなあと思う。DVDの汚れによって再生が飛ばなければもっと良かったのだけれども…。

さて、あと一週間。溜まっているレポートを三つ仕上げねば。信じられないくらい文字数は少ないしさっさと片付けてしまおう。