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ippuku

ものづくりが好きな塾講師のブログ

いつも書こう書こうとは思ってるんだけど、最近だめなのだ。イラストロジックばっかりやってるのだ。イラストロジックは楽しい。

 

先日、小学校の友人が会す機会があったようだ。私の名前が出たみたいだ。会いたいなんて連絡も間接的に受けた。私はちっとも会いたくなかった。だって彼女たちは私に「会いたい」わけじゃなくて、今私がどんな人間になってるのか「見てみたい」だけなのが凄く感じるのだ。そのせいかfacebookで小学校の友人二人から友達申請がきた。一人で申請するのはちょっと勇気がない、でも二人で申請ならできるよね、最近何してるんだろうね、友達になれば写真見れるし学歴見れるし、今の状況が「見れる」んじゃないかな?みたいな思いがひしひしと伝わってくる申請だった。別に断る理由はないから友達になった。友達になりました通知が人を呼び、どんどん小学校の友人たちが友達申請をしてくる。二日に一回くらい来る。あんまり公に言ってる人はいないだろうけど、私だってある程度facebookサーフィンは好きだ。だから申請してきた友人のプロフィールや写真は一応覗く。驚いた。すごいのだ。だって彼女たちは皆同じ職業に就いているのだ。こんなにもこの職業は世の中に必要とされているのか考えてしまうほどに同じ職業なのだ。卒業して以来15年間名前を思い出さなかったような友人たちから来る申請。何故彼女たちは私の名前を覚えていたのか。仲が良かったわけじゃない、クラスが一緒になったこともない。

彼女たちは皆一様に厚くファンデーションを塗り、目力バツグンにし、頭の上にサングラス、服装は半袖にショートパンツかミニスカートかぴちぴちで足のラインの出るズボン。自撮りでビアガーデンいぇーい!BBQいぇーい!大好きな仲間たち!みたいな感じだ。凄い一様っぷりだ。私だって同じ小学校で育ったはずなのになんでこんなにも壁を感じるのだろうか。一貫校をわざわざ受験して出るほど嫌いだった小学校。やっぱりここの世界の住人たちとは肌が合わなかったのだな、なんて改めて思う。

これが五年十年経って、皆どうなっていくのだろうか。同じように一様なお母さん的ファッションになるんだろうか。受験戦争についてばかり考えるようになるんだろうか。一様な進化に興味が少し湧く。なんかそんなことを思った。