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ものづくりが好きな塾講師のブログ

なんだか面倒なことに巻き込まれていて標的にされてるらしいのだけど、私に実害と言うものは全くと言っていいほどない。いつか実害を被る日が来るんだろうか。
いつか大きな失敗をするかもしれない。しないようにしないようにと毎回気を張る。自分で起こした過ちは必ずや自分の首を締める。毎回毎回精一杯やるまでである。

実害を受けていないと言うのは、私は誰かに何か言われたわけではない。言われた記憶がない。もしかしたら何か文句を言われているのかもしれない。確かに棘のある意図のわからない言葉は受けるのだけれど、それはいつも思い返して気付くばかりで、仕事中の私は相当他人への興味がないのだなあと思う。でも、仕事が終われば、結構むかむかと来てる。
でもおかしな話なのだ。私がむかむかと来てることはだいたい他人から聞いたことについてばかりなのだ。噂話ほど信じなくてよいものはないと言うのに。そしてあらぬ想像が頭を占める。実害を被る想像ばかりだ。
仕事をする、お金をもらう、お金をもらうから、仕事を努める。もっとお金が欲しいから、もっと仕事に努める。ただそれだけだ。でも実際、生徒たちを目の前にすると生徒のことで頭がいっぱいになる。夢中になる。周りは見えなくなっているだろう。
でも、それの何がいけないのだろう。私は私の思う大事なことを遂行しているだけだ。それなりに一生懸命やっている。

集団であると標的が必ずと言っていいほど生まれると思う。多分、結構な頻度でその標的になってきた。人と足並みを揃えると言うことが未だによくわからない。でも、だいたいにして味方がいる。だからその味方を信頼する。集団にいても標的に興味のない人たちだ。

私はちっぽけだなあと思う。一人じゃ金は稼げない、生きていけない。いつだって誰かに頼って生きている。当たり前のことなんだけどふと改めて考えてみた。

普段、ちっとも話しかけられない。でも生徒たちと話していれば十分だった。泣いたり笑ったり、目まぐるしく変化する彼らの表情についていくだけでいい気がしている。

どこにいてもなんとなく外されてしまう。変な疎外感がある。慣れてきたとは言え、浮いているなあと思う。ふわふわと。多分欲求が出てきてるからこんなことを思うんだと思う。別に皆に好かれなくたって、私は私が好きなことを実行できていればいいのだ。