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ものづくりが好きな塾講師のブログ

今日、2年半振りに会う人と話した。
こんなふうに久しぶりに会う人と接すると、私自身が変わったことに気付かされる。数年前までどんな目をして人と接していたのか、話していたのか。
当時の感覚を取り戻そうと、会話をする中ですればするほど、今の私に飲み込まれた。不思議な気分だった。私が私に取り込まれて行くのだから。こうやって過去の自分の姿は消えて行くのかもしれない。
それが良いことなのか悪いことなのかどうかもよくわからない。歳をとってきたという時間の感覚だけが残る。
目で感情は伝わるとどこかで信じている節があって、以前は目で精一杯伝えようとしていたことを思い出させた。今はそんな風に思わなくなった。いや、思っているかもしれないが、目で人に何かを伝えようとしなくなった。それは言葉にしない分、ややずるいと思うようになった気もする。
こうやって少しずつ失われていく。何処か彼方へと消えていく。変わっていくのとも、成長して行くのとも違う、消えていくのだ。
何も悲しいことはない、若い自分が消えていくだけである。そんな姿に青春だなんて言葉をつけた人はただのナルシストだとかなんだとか、そんなことが頭に過る。

人といるとき、沈黙でも構わない。だけれども、向かい合って180度で座ることはつくづく苦手だと思う。90度ないし、隣同士が良い。そうすれば沈黙も怖くない。向かい合うのは面接のときのような緊張の場だけで十分だ。日本ではもっと隣同士に座りやすい喫茶店や食物屋が増えるべきだ。(商談は知らんよ、他の場でやってよ。)

空っぽだった。結構な空っぽだった。空っぽを感じた。すべきことはたくさんあるのに何故こうも空っぽを感じるのか。結局周りに動かされないと空っぽを感じてしまう人間なのだとかまあそんなことを思う。