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ippuku

ものづくりが好きな塾講師のブログ

全員とは言わないが、歯に衣着せぬことを知らない子どもたち。大人たちが口にしないことでも平気に口にする。彼等がこれらを口にしなくなる成長を後ろでじっと見ている。
自慢も欲望も隠そうとしない。

先日、小学生の女の子に国語の授業を行っていた。個別指導である。1対1だ。新美南吉の文章を音読させていた。私はかつて塾では音読をさせられていたので、音読をすることが当たり前だと思っている。英語の音読と同様、口にして意味が通って初めて文章の内容を飲み込めるものだと考えている。話し言葉から言葉を学び始めたのだから、それは至極当たり前のように感じている。ところで、新美南吉である。あの有名な新美南吉の文章を音読させていたところ、少年の台詞に「耳糞」と言う言葉が出てきた。特になんとも思っていなかったのだが、彼女はその言葉の直前で読むのを止めて、黙り込んだ。そして「読みたくない」と一言呟いたのである。困ったが、こんなことで読みたくないと言うのはいかがなものかと思い「気にすることかなあ…まあ読み進めなよ」と言った具合に音読を促した。彼女は読んでいるのかいないのかわからない程度に「ごにょごにょ」っとそこを済ませて音読を進めた。

どんだけプライドが高いねん、んな気にすることこちゃうやろ、そないなことで嫌だゆーっとたらこの先、どないすんねんとかなんとか、その日は思って終わったのだが、今日目が覚めてふと考えさせられた。彼女に正直に話してみようと思うのだ。

ーーー私、しばらく考えてみたんです。先日「耳糞」って読みたくないとおっしゃっていたじゃないですか。読ませてしまったことを申し訳ないなと感じたんです。表現の自由と言うのもありますし、読みなさいと急かしてしまったことは決していいことではなかったのだなと思います。ところで、私たちが日本語を学んだとき、どうやって学んだでしょうか、口にして音から覚えましたよね。口にすることで意味を飲み込める、そう考えているので、この授業では音読をしていただいています。そして、今後、⚫︎⚫︎さんは中学校に上がり、本格的な英語教育を受けることとなります。同じように英語も声を出して学んでいきます。音読も勿論あります。その中において、⚫︎⚫︎さんが同じように言いたくない言葉が出てくることもあるでしょう。そこで、⚫︎⚫︎さんには言いたくないという権利がありますが、言った分の責任も負うことがあるでしょう。そこで⚫︎⚫︎さんがどう行動すべきなのか、そうゆうことをぜひ考えておいて欲しいのです。先日は失礼いたしました。嫌な言葉は今後読まなくてもここでは大丈夫です。でもさっき言った通り、音読は必要だと思っているので音読は続けてもらいたいと思っています。ーーー

馬鹿らしいのはわかっているのだが、塾では徹底して敬語である。なめられることもなく、生徒は尊重されていると感じる。口の悪い私が失言することも少ないから敬語は便利だ。生徒と距離を近付けすぎることもない。
彼女は勉強家であるので、まあ上記のことをそのまま言ってみようかと思う。もやもや考えてそのままにするより、結局いつだって生徒に正直に話した方がいいのだ。経験的にそう思っている。1対1で話せば生徒もそれなりに理解を示してくれるものなのだ。