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ippuku

ものづくりが好きな塾講師のブログ

先日、生徒に聞いてみた。
「『考える』ってどうすることだと思う?」
と。
「自分の持っている知識から新しいことを生み出すっていうか、知識から思いつくと言うか…」
案の定、彼女は一つの知識から捻り出すことを『考える』だと思っていた。
「それも考えるということだと思う。でもね、知っている知識と知識、知識と例えば問題に載っている情報、それらを結びつけて、関係性を持たせることだって『考える』ことになると、先生は思うんだ。」
彼女はびっくりした顔をして「なるほど」と呟いた。

中学受験本番まで残り一週間を切った。一週間のうちにやれることなんて決まっている。大きく点を伸ばしてやることなんて無理な話だ。襲い続ける不安を勉強で払い除けようとする彼等彼女等を見守ることくらいしかできない。でも、もしかしたら思考回路を少し増やしてあげることは出来るのかもしれない。

なんて烏滸がましい。

最近は、受験生の不安をたくさん吸ってしまう。マスクで防げるようなものではない。不安や焦りを体全体で吸ってしまう。吸い取ってあげられればいいのだけれど、ただ吸うだけ。何かしてあげられたら、とは思わない。見守るだけ。それなのに帰るとぐったりと疲れてしまう。

私が受験生の時を思い出していた。通っていた小学校は週二日給食で、週三日お弁当だった。必要最低限のこと以外、ほとんど寝たきりとなった母ちゃんにとって弁当を用意することは難しかった。お弁当の日は一人だけ特別給食ということで、給食センターから運ばれてくるプラスチックの容器に入ったお弁当を食べた。机を固めて、迎えるお昼の時間。冷えて不味い弁当をつつく。お母さん手作り愛情弁当を笑顔で食べる子供たちに混じって一人だけ特別給食。惨めが不味さに追い打ちをかけて、ますます不味い弁当の出来上がり。友達と一緒に帰ることも苦痛になって、一人で電車で帰るようになった。
そういえば、ある時、いつものように一人で電車に乗っていたら、隣のクラスの、わりと女の子達に人気のある男の子が座っていて、一緒に帰った。四年生までは同じクラスだったし、家が二駅しか離れていないこともあって話すことは慣れていた相手だ。受験の話になって、この学校を受けようと思うなんて話をしながら帰った。ランドセルをからっている頃の話であるからして、そんなニヤつくような雰囲気ではなく、何も知らない小学生だった。
後日、女の子達に、どうしていつも一人で帰るのかと問い詰められた。面倒臭いから、一人で帰りたいから、電車で勉強したいから、たくさんの理由があったが、どれも口にしにくく困っていたら、その男の子が来た。「一人で帰ってねーよ、オレこの間一緒に帰ったし」と言ってくれて、女の子達の質問と言うか妙な詰問は終わった。私の通っていた小学校は女子校の付属だったから、女の子はほとんど受験をしない。受験をすることはギリギリまで内緒にしていた。受験をする奴は除け者だった。小学校に居場所を見出せていなかった私にとって嬉しい一言であった。受験してもいいんだな、居場所はあるんだなって思った。

そんな15年近く前のことを思い出しながら塾へ向かう。受験と言う選択を、親からさせられ、そのうち自分自身でも受験をしようと言う気になった彼等彼女等。受かっても受からなくてもいい、一つのことにとことん頑張ってみよう。その姿を見てるから、なんてくらいの心持ちで隣にいてあげるだけでいいのかもしれない。

さて、そろそろ着く。