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ippuku

ものづくりが好きな塾講師のブログ

珈琲専門店の喫茶店でホットレモンティーを頼む。だってメニューにあるんだもの。この喫茶店へ来るのは二回目だ。店主のおじいさんが話しかけてきて面倒な店なのでヘッドホンをする。耳は音楽を聴くのに使っているので話はできませんよ!
この喫茶店の良いところは全然お客さんがいないことだ。昔は違う場所にあったらしい。おじいさんが前に来た時に聞いてもいないのに教えてくれた。そして、灰皿に珈琲の使わなくなった砂上の豆が入っているのがいい。ドトールじゃこうはいかない。どうして入っているのかはわからない。臭い消しかしら。本当は大学の試験勉強をしなければならないのだが、一度家に寄るつもりが寄れなかったので道具を持ち合わせていない。

不測の事態にどうも弱い。今日も今日とて痛感させられた。だいたいの事態は予測しながら生活をしている、だから不測の事態はほとんどありえない。マイナス思考だとかなんとか言われるが、基本的に悪い方向でしか期待をしていないので、あまりショックを受けることはない。悪い方向で考えておけば、良い方向に物事が進むと二倍に嬉しいし、悪い方向に進めば特に悲しみもせずに済む。やっぱりか、と。

全面耐熱ガラスにぶちこまれたホットレモンティーを飲む。趣味が悪い。良い陶器を使うべきだと思う。そして、ホットレモンティーと打つとき、伸ばし棒を付けたくないのだが、このiPadの変換では伸ばし棒が勝手に付く。不便であり不快だ。情報系の出身のせいなのかわからないが、カタカナ用語の長ったらしい文字の後に伸ばし棒を付ける習慣がないというのに。

この後も塾だ。中学一年生に授業だ。

頑張っているってなんだろうと思う。寝たきりの母親がよく言っていたのだが、見舞いに来る人に「頑張ってね。」と言われることが嫌いだと言っていた。病気であることで、何を頑張れと言うのかわからないと言っていた。頑張れと言う言葉は解決しない。そう子供の頃に学んだ。頑張れと言う台詞を使う時は気にかけるようにしている。と言っても常にというわけにはいかない。塾講師なんかをしていると非常に使い勝手のいい台詞である。ほぼ挨拶のようなものだ。でも頑張ってと言う言葉が誰彼もの背中を押すものではないことをよく知っている。頑張れと言う相手なんて自分自身だけでいいのだ。

私は頑張れているのだろうか。勿論今すべきは勉強である。しかし、道具を持っていない。これは頑張れていない証拠だ。よくわかっている。もっと頑張るべきところはある。

美大に入学してから、働きながら生活をするようになって、人生で一番動いている気がする。無駄な時間が人生において多分一番少ない。ぼーっとする時間もなくなった。代わりに登校時に歩いてぼーっとしている。これは時間の無駄なのだろか。移動しているのでこれは無駄じゃないんだ、無駄な時間じゃないんだ。そういい聞かせている気がする。

頭がぼうっとする。貧血気味かなと思う。ヘッドホンをずっと付けているから痛いだけかもしれない。辛い時は鎮痛剤だ。これで幾分か麻痺してくれる。でもわかっているのだ。そんなもの飲まなくても一度授業に入ってしまえばそんな感覚など忘れてしまう。何よりも効く鎮痛剤だ。

そうそう、美大に入ってから立ち直りも早くなったように思う。心を亡くすと書いて忙しいと書く。忙しいおかげだ。忙しいと余計なことを考えなくて済む。忙しいことは重要だ。

書きたいことがなくなってきたのでここら辺で締め。