読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ippuku

ものづくりが好きな塾講師のブログ

不意に気付いてしまったのだけれど、友達を作るって言うのは時間があったり、毎日顔を合わせる習慣がないと難しい。そして精神力と勇気。
美大に入学した頃はまだ精神力も勇気もあった。同じクラスの子と話したり、Twitterで知り合った人たちと会ったりもしていた。(Twitterで知り合ったと言っても、共通の知り合いがいて身元のはっきりした人達となので危険は少ない。)それこそTwitterでも、面識のない人と話すようになって、話してた。
一年生の夏から二年生の夏にかけて、たくさんの精神力が無くなった。生活のために働くこと、学生として勉強することだけにしか力を注げなかった。なんでそうなってしまったか、Twitterを監視されていたっていうのもあるし、Twitterの発言にも制限がかかった。六つも下の子達と友達になってもなあなんて表では言い訳したこともあるけれど、本当はただただ精神力がなかった。(まあ、勿論何を話したらいいのかわからないって言うのはあるが、話しやすい人は話しやすいと思ったし、本当は年齢なんて関係ないことをどこかで知っている。)仕事と学業以外で疲れる余裕がなかった。初対面に近い人と話すことはものすごく力を使うことだ。充分に眠る時間が確保されてなければ難しい。その一年間で私はすっかり美大の人々と疎遠になってしまった。久々に話しても何を話したら良いのかわからずに何も話せなくなってしまった。でも、はたから見れば、私と言う人間が積極的に話すことを得意としていて、それでいてプライド高く、一部の人間としか話さないように見えていることも知っている。実際オタクな話はあんまり興味がいかないし、どこか冷めた目で見てることも事実だ。本当の私は、心の中で予行練習を何度もして気合いを入れた時にしか話しかけられない。まあ、そんなこと他人は知らんこっちゃないわけで、内面外面で差が生じるのも当たり前だ。だけど、その当たり前を心が埋められない。理解してもらいたがってしまう。わがままな心だ。

そうやって、今、少し心に余裕が出来たにも関わらず、友達を作ることがなかなか出来ない。安全の欲求を満たしたのだ、早く社会的な居場所も欲しい。わがままだ、わがままだ。ああ。

美大に入った頃、もう友達はたくさん作ってきた、だから、友達に関する活動は、友達の維持だけでいい、今度こそ学業に没頭し、生活のために働くのだ、そう思っていた。なんとか働いてお金は確保してる、月18万にも上る奨学金のことは常に頭に過ぎり、働かないと、と感じる怖さはある。学業もそこそこに真面目にやっていると思う。学校以外の生活は今、充実していて幸せだ。一人でいるのもまあ好きだと思う。やりたいことがたくさんあるから、隙間時間を自由に使えるのはとてもいい。こんなにも満たされてるはずなのに、美大に友達がいないのは寂しい。なんでも欲しがってるだけなのだ、わかってる。全てが全て満たされる世界なんてない。何が、望月の欠けたることもなしと思へばだ、くそっ、道長は本当のスーパームーンを見てたっていうのかよ、くそっくそっ。欲求の無い人間なんていないんだ。
人間関係を多少疎ましいと思っているのは事実だ。それを受け入れなけれは友達も出来ないこともわかっている。

やりたいことばかりはやっていられない。優先順位は1.仕事、2.教職の勉強、3.制作だ。上二つでいっぱいいっぱいじゃないか!どう考えてもだよ!言い訳言い訳。わかってる、全部言い訳なんだ。