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ippuku

ものづくりが好きな塾講師のブログ

鉄道が好きだ。

幼い頃、スタンプラリーをした。当時、東急線沿いに住んでいたので東急のスタンプラリーをした。無知はすごい。東急の電車に乗って行けるところが全てだと思っていた。目蒲線辺りの線路沿いのスタンプは集め損ねたが、それでも日本のだいたいの場所へ行ったと思っていた。鉄道はすごい、なんたって至る所に連れて行ってくれる。駅も皆特徴があって面白い。石川台駅の白い屋根と白いベンチ、鷺沼駅の新しいエスカレータの付いている様子はなんて近代的、上野毛駅の島のようになっているホームもあれば、尾山台駅みたく反対方向に乗るには一度改札をくぐらなければならないホームもある。幼心に楽しくて仕方がなかった。

小学生になって電車通学をするようになると、田園都市線の駅全てを覚え、友達と一緒に山手線ゲームならぬ田園都市線ゲームに勤しんだ。東急の路線図をいつも眺めていた。部屋に貼りたいと思った。しかし、高校生になりたまにJRに乗るようになると首都圏のJR路線図に度肝を抜かれた。すごいのだ。だって神奈川の果てから千葉の果てから栃木、群馬まで載っているのだ。私はなんと狭い路線図で満足していたのだろう。そう考えると路線図に夢を描いていたことに気付かされる。
ちなみに今は京王線沿いに住むようになり、京王線の駅名を覚えている真っ最中だ。

そうして鉄道に興味が馳せて行った。そもそも地図が好きで、広い範囲が地図という絵で情報が集約されており、それを眺めるだけで遠くの地を知ることができるので楽しかった、無論、今もとても楽しい。地図には夢がある。

小学生から高校生の間、10年間、電車通学をしていた。その間に車両もどんどん変わっていった。ペンキベタ塗りの電車は見なくなり、ステンレスの肌をたくさん見るようになった。折りたたみのシートもできたし、6ドアもできた。昔の車両を知っていることが誇らしくなった。しかし、昔の車両とどこがどう変わったのかわからなければ意味がない。どこが変わったのか探るようになった。つり革の位置を色々と変えてみていた変遷期や最近ではシートの間の手すりの位置が色々と試されつつある。満員電車に対応すべく様々な対策を取る様子、その意図、どれも心が躍った。覚えるわけではない、知るのが楽しくて仕方ないのだ。

中学生になり、3年生くらいになると携帯電話、今で言うガラケーにカメラがつくようになった。私たちがカメラを持ち歩くことが普通になっていった時代である。カメラで光景を納めることはどうしてか楽しい。これについてはまた後日、掘り下げて考えたいと思う。その頃から撮るという行為が日常化していったように思う。時が経つにつれ、いろんな場所へ赴くようになり、鉄道の車両にも色々な顔があることを知った。どんな顔であったか少しずつ撮影をするようになったのだろう。社会人になって鉄道博物館へ行った時、木製車両があって大興奮したことを覚えている。胸を熱くさせてくれた。

そのうち、いろんな電車に乗り、路線図を塗るように乗り倒すことに興味がわくようになった。特に終着駅には何があるのか面白い。それに地図を眺めることが好きな私にとって、地名を覚えることも十分な楽しさがあった。

さて、そろそろ電車を降りなければ。冬の電車はなんて幸せな乗り物なのだろう。