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ものづくりが好きな塾講師のブログ

晴天の下を歩いていたら、答えが見えた気がする。
やっぱり歩くことは私の糧になる。
答えが見えると気持ちがすっきりとしていく。冬の空気のように、答えが輪郭を持っていく。
私の幸せは私自身だけがつくるものだし、誰かの幸せを創ることなんて無理だ。幸せを維持することに必死なのだから、人を幸せにするなんて大それたことは出来ない。人の幸せなぞ願うしか、応援するしかないのだ。要は全て気持ちの持ちようなのだから。なので他人の幸せは他人に任せて、他人の幸せを願った後は、彼または彼女の笑顔を見て満足すればよいのではないかと思う。

冬休みが明けた。久々に歩いた。意外と体は訛っていない。一人で晴天の下を歩くことが重要だ。歩くのは冬がいい。うだるような暑さを持つ夏は少しばててしまうから。自転車を捨てて良かったと思う。移動時間をただただ無駄に感じてしまっては勿体無い。

小学生の頃から電車通学をしていたせいか、移動時間は大切な時間のように思う。時間が決まっていて、かつ、限られているから何においても集中ができる。勉強するにも考え事をするにも、持続しやすい良い時間だ。(言うまでもなく、乗り換えが多く、継続時間が短いとなかなか好きになれないときもあるが)まあそんなこんなで通学時間が好きだ。学校も会社も近ければ良いというものではないようだ。電車で座れたら尚良い。運転もいいだろう。(運転は好きだ。)

ところでこうして文章を書いていると、どうも私は好きと嫌いになんでもかんでも分ける傾向があるようだ。かつては、好きも嫌いも何もない人間を目指していたのだが、社会人を経て、好き嫌いをはっきりと言える立場に憧れを持つようになった気がする。好き嫌いはいつ変わってもいい。ただ、好きに口にできる環境はなかなかない。間違いかもしれないが、こうゆうことを口に出来ることは自分らしさを保てることなんじゃないかなと考えるようになったのだ。

とりあえず今回はここで締め。